これまた長々と電車を乗り継ぎ今日も芦原橋まで。新年度、これまで支出してきた運営補助金の打ち切りを大阪府・市が決めたことを受けて開催される、リバティおおさかの今後を考えるためのワークショップへ。
 おとついの全史料協近畿部会の運営委員会では関西圏の資料保存状況が(まあ大阪を中心に)悪化しているという話題から始まって人権博物館(リバティおおさか)の話にもなり、どこかでMLA連携を考えんければならんのではないかという声もあった。ここにもいろいろな地域や団体、個人から寄贈されたり寄託されたりした資料が保管されているからだ。館を閉める(具体的には「補助金もう出さない」だが)といえばそれでしまいと思っている乱暴さは土木工事をすれば景気が上向くと思っている乱暴さの裏返しにすぎないと言いたくなるが、その際の発言とされる「子どもが夢や希望を抱ける展示になっていない」という指摘は、発言されたご当人の本意は別にして、よくよく考えてみる必要のある内容を持っていると思う。知ることは大事なことだが、人権の場合それが「お勉強」になってしまうとつらい、と感じる。人権のこと、人権侵害のこと、人権獲得の歴史のこと、それをどれだけたくさん知っているかを競うような方向にいかない人権教育がありうるかどうか、もうちょっと転がしてみることにする。「どれだけ人権意識が高まったか」「どれだけ人権意識を実践に移せるようになったか」を「採点」する先生にはならずにすませたいと思う気持ちしきり。
 ふと見ると入り口の表札(と言っていいかどうか)「大阪人権博物館」の文字は水上勉先生。

 水上先生の原作は読んでいないが、川島雄三監督によって映像化された「雁の寺」には圧倒された。それを観た学生時代には、お坊さんといえば幼稚園のころの園長先生くらいしか知らなかった(つまりほとんど身近にいなかった)し、葬式や法事の時に見かけるだけの人だったし。…いくつになっても知らないことがたくさんあるわたくし。よっぽど特殊な環境にいたのかと時々不安になる。
 ワークショップに先立ち館内展示を駆け足で解説つきで見学させていただく。話には何回か聞いたことのあった差別戒名の刻まれた墓石が展示してあった。初めて見た。お尋ねしたら関係者からお預かりしているホンモノとのこと。急ぎの見学なのについまじまじ。どんなところに据えられていたんだろうか。
 展示見学後は2時間弱ほどのワークショップ。これがオープンスペーステクノロジーOST)という方式で、なかなかおもしろい。車座(といっても50名ほどが部屋にいっぱいなので参加者すべての顔が見えるというわけではない)になった中央付近にA3サイズの紙とマジックペン(色いろいろ)を置いておき「自分はこの場でこういうことを話したい」というのを思いついた人がそこへ行って、その「話したいテーマ」を書き込み、みなに披露する。15分の間だったらいつ書きに行ってもいいし、書きに出て行かなくてもよい。部屋の壁面には間隔を置いて何枚か大きな模造紙を貼りつけておき、テーマを書きだした人がそれぞれの模造紙の前に移動したら、ほかの参加者も自分が話したいと思うテーマの方に寄っていっておしゃべり開始。出されたアイデアはテーマを出した人が適宜ピックアップし、壁に貼りつけられた模造紙に書き込んでいく。テーマを立てた人は開始後30分は自分の場にいることという縛りはあるが、それ以後の時間、またほかの参加者はどこの島にも出入り自由。ひとつの島に張りつかず、あちこち回遊するのもアリという作法。参加人数とスペースのバランスがよければこれはなかなかおもしろい手法と思う。事前にファシリテーターさんからいくつかの注意があり、要するに誰もがそれぞれの都合で参加しているのだから、話が思うように進まないこともあり、また思うように進まない話に無理してつきあう必要もなし、というような内容。それが「オープンスペース」の眼目と言ってよさそう。
 たまたま藤吉の参加した島は教育業界関係者が多く、小、中の義務教育の人権教育や企業の人権研修のあり方、また博物館サイドからのアウトリーチのお話などを聞くことができてよかった。ここはわりとすんなりまとめができてさくっとお開き。その後よその島をふらふら。終わった時点で途中参加させてもらった島にいた人が最後に発した「あー、すっきりした!」の一言が…近いところにいる人には思うところがいろいろあるんでしょうなあ。と勝手に忖度。
 今日は行きも帰りもぬくかった。が、行きはわりと青空だったのが帰りにはなんだか春霞。少々危険ぶくみの春の気配とでも申したらよろしいか。
 で、落ち着いたらまた作文ちくちくお裁縫。
 どこかのマスコミでこういうのをやってるっていう報道はなされたのか。…農協もグルなのか。
 そういうと、こんなんあるそうです。
 今日のAQI
 地には平和を。