今日も早起き。昨日と比べると空がすっきり。アディクションスペースから見上げる建物の四角い明かりは、こっちがわのホテルの窓が反射する朝日が当たってできている。微妙にゆがんでいるのがおしゃれ。

 朝ご飯の時きのう喫茶店で別れたドイツのご学友と再会。どうやら同じ宿だった模様。食べたらすぐまたドイツに戻らなきゃいけないそうだ。きのう仕事の忙しさについて聞いている最中、 "Even the German scholars are busy!" と叫んでしまって笑われたが、ホントにお忙しそう。"Auf wiedersehen."と"さよなら"と"До свидания."まぜまぜのご挨拶。ロシアで生まれ育ち、ドイツで学んだご学友とも英語でなら話せる。もちっと話せるようにならんとなあ。ひとまずは道中ご無事で。
 初日の自転車も含めたいがい3、4往復している道なのでいかにも日系スウェーデン人のような顔をして目的地までてくてく。ちょっと早めに着いたので近くのベンチで一服。なぜベンチにこういう銘板がつけられているのかはよくわからない。

 めざすはここ。が、プッシュボタンは使わない。あらかじめ見つけておいた入口の前で、事前にメールで申し合わせたとおりお目当ての方のお名前を叫ぶ(発音はあらかじめ宿のおねいさんにレッスンしてもらっておく)。

 で、出てきてくれたあんちゃん、一緒にいたバイトの院生さんらしき娘さんと握手をしてごあいさつ。執務室に通されてコーヒーを出していただき、「で、何をしたらいいかな」と尋ねられ、資料庫やリーディングルーム、あれば修復室などを見学させてほしいとお願いすると、リーディングルームみたいなものはないんだとのご説明。なんと。以下、メモと記憶をもとにした再現なので誤りが含まれている可能性のある点お含みおきを。
 今いる大学アーカイブズはある意味ヘッドクォーター的なもので、それほど巨大な収蔵庫もないし、修復室などもない。大学にとって重要な判断というのは大学全体のトップというよりも主にファカルティによって下される。で、ファカルティも含め学内に100ほどある組織それぞれが自分とこの記録を管理し、ここのヘッドクォーターが所在を把握するというスタイルをとっている。いわば学内に100ほどある部局アーカイブズをまとめているのがここ(ただし何かを強制するような権限はない)。ある程度の所蔵はあるが、どちらかというとコレクションと呼んでもいいような古いものが中心。ただし部局によっては最近のものもこちらで保管している。先方にしたら(普段あまり使わない記録などは)保管の負担から解放されてありがたいという側面もあるようだ。
 現在の記録管理をコントロールしている法は1903年にできた。で、もともとは歴史の勉強をしている人間が記録管理の仕事を受け持つというようなかたちになっていた。アーキビストの教育が普及したのは1970年代、で、この大学でアーキビストがきちんと採用されるようになったのはここ20年から15年ほど。今でも部局によっては専門のアーキビストをおいていないところがある。記録管理は部局のもつ種々の業務のひとつなので結果として1人のスタッフが記録管理を含む複数業務を担うというようなところもある。
 アーカイブズへのリファレンスは日に3、4件。こういう記録がほしいとはっきりわかっている場合には当の記録の電子データをメールで送るということが多い。できるだけ、利用者がここまで足を運ばなくてもリクエストした記録を閲覧できるようにしている。で、どういう記録をということがはっきりしていない場合には該当する部局やそのアーカイブズを紹介したり、また部局から情報をもらって転送したりということもある。利用者の3分の2は大学の関係者、3分の1は学外の利用者。学内の利用者については大学の歴史を研究するヒストリアンや学生、大学アドミニストレーションのスタッフ、それから個人的な(たとえば自分の学位の詳細情報を確認したいというような)利用。
 大学アーカイブズのトップの地位は学内ではそれほど高くない。大学のトップ、その下にある部局のトップ、その部局から枝分かれする各部門のトップ、アーカイブズはその下にぶら下がっているという程度。そういう意味でファカルティも含め他の部局に記録管理に関してあれこれ強制する権限はもっていないが、記録を保存しておくことの重要性は各部局自身がよくわかっているので記録管理がおろそかになることはそれほどないし、何を保存し何を処分するかについて各部局とこちらの考えが厳しく対立することもほとんどない。
 ということに加え、アーカイブズヘッドクォーターは部局に何かを強制するような権限はないけれども、ナショナルな(パブリックな、とは異なるみたいだ)アーカイブズは(大学アーカイブズ、政府機関アーカイブズいずれも)すべてナショナルアーカイブズの管轄下に入っているので、もしも記録管理についてマズいことをやり、それで不利益をこうむった誰かがナショナルアーカイブズのしかるべき部署にクレームをつければナショナルアーカイブズからその部局に査察なり勧告なりが入る。部局のトップにしたらそれは勘弁してほしいことなので、それもあって記録管理がちゃんとしている。つまり、各部局のアーカイブズは大学アーカイブズのヘッドクォーターに統轄されていると共に、ナショナルアーカイブズにも統轄されている。実務面でのことは大学アーカイブズに、必要に応じて処罰も伴うようなコンプライアンスについてはナショナルアーカイブズによってコントロールされていると考えるといいだろう。コンプライアンスに関する指導はナショナルアーカイブズから降りてくるが、それをどう実務に落とし込むかは大学アーカイブズの裁量と見ておくといい。だから各部局のアーカイブズは、大学アーカイブズの指針に則っていればひとまずナショナルアーカイブズからのご指導を恐れなくてもすむ、という格好になっている。
 アーキビストの教育が普及したのは(先述の通り)1970年代。それまでアーカイブズ管理の仕事は主に歴史学で学士のバックグラウンドをもつ人材によって担われてきた。今はストックホルム大学、ルンド大学、マルメー大学、ハルムスタッド大学、中央スウェーデン大学などが大学院までのコースを用意するようになっている。なかでも中央スウェーデン大学(www.miun.se)は規模は小さいが比較的新しいカリキュラムすなわち情報科学の充実したカリキュラムを提供している。ウプサラ大学も博士課程まで用意している。ただしごく最近の話。ウプサラ大学についていえば主として研究大学だったものが教育にも携わるようになったのが博士課程が設置された要因と言える。
 設置時期によりカリキュラムは若干異なる。新しいところほど情報科学に力点がある。伝統的なところは歴史の比重が高い。国全体でおよそ25名の大学院卒業者があり、ほぼアーキビストとしての職を得ている(わたしの個人的な印象だが)。不平は多いがともかくほとんどが職を得られているという点でジョブ・マーケットとしてはライブラリーやミュージアムよりも良好と言える。もちろんアーキビストの設置が最近になって盛んになり、かつ、アーキビスト教育もまだそれほど普及していなかったという事情も勘案する必要はあるが。
 重要なのはどの大学(院)で学んでもスウェーデンの記録管理のための法律やガイドラインはほぼ必ず学ぶという点。これがあるからある程度の common knowledge & perspective を(アーキビストカリキュラムを学んだ人間は)学んだ学校にかかわらず共有している。
 スウェーデンでは1966年に大きな政治的変化(政権交代?)があって、それが国家アーカイブズの整備に一役買ったという面がある。前政権がどんなことをどんなふうに決めどんなふうにやっていたか、その関心に応えるという部分もあったと言える。その後、1970年代に入ってナショナルアーカイブズ(NAS)から大学も含む国家機関にスタッフが赴き、アーカイブズの管理をちゃんとやるように、それぞれちゃんとアーキビストを置くようにとお願いしてまわるということがあった。アーキビスト教育の普及はそのへんとも関係している。そうやってアーカイブズを置くところが増えていくとNAS だけでは手がサポートの手がまわらなくなり、それと入れ替わりに個別機関のアーキビストが置かれていくといった具合。
 ところで1903年に決まって今もアーカイブズが準拠しているルールは電子記録に対応できていないため、この1月にNAS から新しい指針が出された。ちょっと前に説明会に行き、まだざっくりした方針しかわかっていないが、感触としては今よりよくなると思う。ただし、これまで蓄積してきた紙ベースの記録の扱いについてはちょっとまだわからない部分もあるので、これから注意しておかないといけない。先述の通り、NAS が指針を示したらそれを実務レベルに落とし込むのは大学を含む各国家機関のアーカイブズ。こっちでつくった実務レベルの手順書をNAS に送り返し、問題があれば何か言ってくると思うが、NAS の意図するところを理解して落とし込みをやればそれほど大きな問題は生じないだろう。いずれにしても、これからしばらくは注意が必要。
 あと今ここで力を入れてやってるのは、ウプサラ大学に属していると思われているものが実際のところ誰(どの部局)に属しているのかを一つひとつ特定していくこと。ウプサラ大学はさかのぼれば500年以上の歴史を持っており、戦災にも遭っていない。いつ、何が誰から寄贈されたのか、どの部局が購入したのかといったことを過去の記録をベースに一つひとつ確認しているところ。なかなか大変。
 伺ったお話をざっくり整理するとこんな感じ。聞き漏らしや聞き間違いもあるかも知れないが、大筋は外していないと思う。昨日のステイトアーカイブズでもそうだったが、税金で運営されている機関である以上、tax payer へのアカウンタビリティ(挙証説明責任(c)安澤先生)を確保するのに記録をきちんと保管しておくのは当然という態度がありあり。国家政府を国民がコントロールするにはアーカイブズの機能が不可欠というのをメインにしようとしている自分がなんだかアホのように思えてくる。敵は以心伝心のパターナリズムと言うべし。
 ひとしきりお話を聞かせていただきお礼を述べたところで(例の報告書はもちろん訪問早々にお渡しずみ)、「じゃあ、ちょっと中を見ていく?」とのお誘いに乗っかり小さな収蔵庫の見学に。行く途中、例の娘さんに「あなたもバイトしながらアーカイブズの実習をしているところなの?」とお尋ねすると「いいえ、ちがいます」のお返事。それを引きとってあんちゃんが「スウェーデンはちょうど夏休みに入ったところで、この期間中に2週間、自分の好きなところを選んでそこの仕事の様子を見学するんだ」とのこと、「ああ、インターンみたいなもんですね」「まあ、そうかな」「じゃあ彼女もそのまま卒業したらここで働くかも知れませんね」「いやいや、まだ中学生だし」「えっ…」「今わたしは14年の古さです」「なんとっ!」いやー、てっきり学生さんだと思い込んでたわー。なんだかモノリスのまわりでウキウキ言ってるお猿さんになってしまった気分。今日は夢でうなされそうだ。まあしかし、ちょんとさわってキャーキャー跳びまわるようなことをせずにすんだのは年くった功徳と言うべし。ソフィーの洗濯。むー。
 それはそれとして。収蔵庫の中はこんなふうに書棚が並んでいて、製本されたもの、箱詰めにされたもの、それぞれ分けて資料がおさまっている。

 で、おもしろいものを見せていただいた。むかーし大学が土地と建物の寄贈を受けたときのその証明書というか受取書。紙の材料として木材が使われるようになってから保存がむずかしくなったが、これは動物の皮(たぶん羊)でつくられていて保存状態がとてもよい、とのこと。おもしろいのは、普通はページごとに読む見開きのドキュメントだが、これは左のページの左端から右ページの右端まで一気に読み進み、再び左ページの左端に戻ってくるという読み方をする点。それなりに珍しいらしい。

 近づいてみるとめちゃ細かい描きこみ。特別な職の人が書いたものだそうな。なかなか。

 おみやげまでいただいてしっかりとお礼を述べ(ちゃんと握手もして)アーカイブズを辞し、せっかく近くにあるし学会のおまけに入館券がついていたことでもあるし、近くの博物館を見学。これまたなかなか。

 向かいの教会にも入らせてもらって(自由に入れます)圧倒されてふらふら宿に戻る。預けてあったガラガラを受けとりそのままウプサラ駅へ。来たときおばちゃんに教えていただいたのを思い出しながら券売機で買ってみる(よく見ると画面は英語に切り替えられる)。行きの時より高い。よくわからないが買う。で、エスカレータでホームに上がってみると大道具ではなく近代的なのが停車中。新しいから高いのか。

 往路より駅たくさん停まるし余計に時間かかってるし、長い時間乗ってるから運賃も高いのかなどと考えたが、どうやらストックホルム中央駅とウプサラ駅の間の路線が微妙に違うようだ。復路は空港(のそば)に寄っていく新設の路線らしい。新設駅だから高かった、と。
 で、今日いただいた貴重なお話を記憶が新鮮なうちに文字にまとめ、いつもよりちょいと遅くなったがとっとと寝る!…今回のストックホルムの宿はなかなか新鮮だがそれは明日以降。さすがに眠い(日本時間6時)。…うなされませんように。
募集中だそうです。…いつの間にか取扱い停止になっている。
 今日のAQI
 今日・明日のエアロゾル九州大学
 地には平和を。
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