神経質なわりに無神経、神経質なゆえに無神経…どっちだろう。
…教育労働者の連帯(悪い例)。
 高校後半〜受験生のころ古文の問題が嫌いだった。古文そのものはまあよい。こういうのも読めるようになっといたらまたおもしろいだろうなと思っていたのだが、京大の二次試験の古文の問題がイヤだった。説話っぽい話を読ませて「この話の何がおもしろいのか、説明しなさい」(大意)というような問題が時々あって、「説明できる程度におもしろいだけだったら『おもしろい』って言わねーんじゃねーのか」的にイヤだった。で、なんでこんな問題を思い出すのかというと、やっぱり、説明できる程度のおもしろいことを「おもしろい」と言っていいのかということに、齢50になっても決着がついていないからだと思う。あれこれの未解決を抱えながら、それでも人は生きていかねばならんのですなあ。
 学生になってからベルクソン先生の『笑い』(林達夫訳、岩波文庫)も読んでみたりしたが、東寺は…もとい…当時はあんまりピンとこなかった。また読んでみよかな。セルフ温故知新。
 萩原朔太郎、かつて農学を志す
 百花斉放のあとは綱紀粛正、となるか。
募集中だそうです。
 今日のAQI
 今日・明日のエアロゾル九州大学
 地には平和を。