たかだか50キログラム程度の重さを500メートル運ぶのに1000キログラム近い道具を使わないといけないというのはどういうカラクリであるか。
 ひとさまの書かれたものにアレコレ言ってるだけじゃなく、書かなな、自分の。むー。
 マイノリティを集めて地域は大丈夫なのか、成り立っていくのかという疑問には再考の余地が結構あると思う。たとえばこんな会社があるのを見れば(下の方にしまなみ街道たたら大橋もあります)、それは十分商売になる余地があることがわかる(才覚の問題といってもよい)。マイノリティ出身のリーダーをみなで支えて、マイノリティも、ついでにマジョリティであっても訪れてよし、暮らしてよしの関西州をつくっていけたら素晴らしい。特定のマイノリティへのえこひいきにならないようなスタンスを維持することは難しそうだが、それだけにきっとやりがいもあるだろう。それが新たなマイノリティの覚醒にもつながるかもしれない。
 着古して捨てるということをせずに新しいのを買っていたら服はたまっていく一方である。整理しておける程度が分相応。
 ひとと同じでないと不安、なのではない。ひとが自分と同じでないと不満、なのだ。とはいうものの、やっぱりクリアしとかないといけない「標準」てのはあるようには思うのだが、どうしようかな。…心構え、ではなく、スキルとして明示できればいい/できないといけない。人間力とかコミュ力とか、そういうのはナシで。「バカだけど人なつっこい」というほめ言葉をせめて学校でくらいナシにしたい。