いま開発されている原子力発電技術がどうであるか(安全か、経済的か、など)ということと、いま稼働している原子力発電所がどうであるかということとは別のことである。それはわかる。だから、一方を根拠にして他方を判断することには不都合が生じる。それもわかる。そして、絶対安全なんてことはそうそうないだろうということ、絶対安全を求める人はそれほど多数派ではないだろうということも(あまり根拠はないが)わかる。自分の暮らしているところの道路について、「絶対に安全とは言い切れないから」を根拠として自動車(や自転車)の通行の禁止を求める人は多数派ではないだろう。日々の生活において自動車の危険は「許容範囲」とされていると見てよい。
 自動車についてはその利便と危険について一般人が天秤しやすく、原子力発電についてはそれがしにくいというのがあるのかも知れない。…以下略
 原子力発電がどうであるかには体系的な勉強が必要だが(そして藤吉はそれをしないが)、原子力発電がどうであると思われているかはネットをふらふらしているとなんとなく感じられる。
 たとえばこういうの(のずらっと下の方)を見ると、原子力発電を(今の時点で)人々がどう思っているのかがなんとなくわかる。匿名で書き込める場であるというバイアスは考慮の必要があるが、あーみんな、そういうふうに思ってるんだなあと感じる。
 また、たとえばこういうのを見ると、原子力発電ひいてはエネルギー政策のどういう部分が論点になっているのかが、なんとなく(なんとなくだが)わかる。
 感じるのは「自分はちゃんと知らされていない」という自己認識に基づく不満と不信感は確実に存在しているだろうということで、さしあたり藤吉はそれが確認できたところで今のところ満足するしかない。…そこそこ納得のいくまであれこれしゃべ(りつづけ)る、という経験は、やっぱりかなり貴重なものなのかも知れない。