山上6℃、ひんやりした雨上がり。曇ってるしまだ降るかも。
 この前はじめて聞いたが、高野山にも孤独死というものが存在するそうだ。いろんな意味で「日本」というものの縮図、ということができそう。
 そういえば、沖縄のTさんが茨城でいいことを言っておられました。「実行する人間はそのための方法を探す。実行しない人間はそのための理由を探す」――どこかのことわざらしいけど、肝に銘ずべし。
 知的営みは多少なりとも人間に本来的なものと言っていいと思うが、それが制度化されるとなると話は別だ。大学が(とりわけ文学部が)社会にとって「贅沢品」であることは間違いない。社会の余裕に応じて虚飾をそぎ落とさなければならないという事態は、贅沢品である以上ばあいによっては避けて通ることができない、ということをまずは確認しておかねば。そうすると、虚学たる文学においてそぎ落とすべき「虚飾」とは何かってことにもなるが、…う〜ん。とりあえず、あんまりまわりからありがたがられていない、というのは「お飾り」としては致命的であろう、と。